米津玄師の「Pale Blue」は、美しいラブソングでありながら、
聴けば聴くほど簡単には、気持ちを整理できない楽曲です。
別れを決めたはずなのに、相手への思いは消えていない。
終わりのように聞こえる一方で、もう一度
恋が始まるようにも感じます。
「Pale Blueとはどんな色?」「歌詞は失恋を描いている?」
「なぜ“青”なの?」
そんな疑問を持つ人も多いのではないでしょうか。
米津玄師本人は、「離婚から始まる恋」という『リコカツ』の設定から、
別れにも恋の始まりにも聴こえる曲を、目指したと語っています。
この記事ではタイトルの意味、歌詞にある別れと未練、印象的な比喩、
MVとの関係まで、答えを一つに求めず考察していきます。
米津玄師「Pale Blue」はどんな曲?
ドラマ『リコカツ』のために書き下ろし
「Pale Blue」は2021年に発表された、米津玄師の11枚目のシングルです。
TBS系金曜ドラマ『リコカツ』の主題歌として書き下ろされました。
『リコカツ』の大きな特徴は、「離婚から始まる恋」という設定です。
結婚した二人が別れようとする。
しかし離れようとすることで、逆に相手への気持ちに気づいていく。
終わりと始まりが同時に存在する物語です。
米津玄師はこの設定に面白さを感じ、「別れの歌」にも、
「これから始まる恋の歌」にも聴こえるものを作りたかったと
インタビューで語っています。
つまり「Pale Blue」は、単純な失恋ソングではありません。
終わろうとする関係の中に、まだ消えていない恋がある。
そこがこの曲を読み解く最初のポイントです。
久しぶりに真正面から作ったラブソング
米津玄師は当時、長い間「ラブソングとは何か」を真正面から考えて
曲を作った記憶がなかったとも振り返っています。
そのため「Pale Blue」では、相反する感情の揺れと
向き合うことになりました。
完成までに何度も作り直し、本人がそれまでの音楽人生で
最も制作が大変だったと語るほどの作品になりました。
「Pale Blue」というタイトルの意味は?
Pale Blueは「淡い青」を表す言葉
「Pale Blue」は一般的には、淡い青、薄い青を表す言葉です。
鮮やかな青ではありません。
白が混じったような、輪郭のやわらかい青を思い浮かべる人もいるでしょう。
ただし、「Pale Blue=限りなく白に近い青=恋が消えかけている」
とまで米津玄師本人が、明確に説明しているわけではありません。
ここは事実と考察をはっきりと、分けておく必要があります。
公式ビジュアルでも、光を受けて揺らぐ水面と淡い青色の世界が使われ、
美しさと儚さを感じさせる表現になっています。
はっきりしない色が関係性にも重なる
ここからは歌詞を踏まえた考察です。
青なのに、濃い青ではない。
白に近づきながらも、完全な白にはなっていない。
その曖昧さは、「もう終わったはずなのに、まだ好きなのかもしれない」
という、曲の感情にも重なるように感じられます。
別れた。
でも忘れられない。
戻れない。
それでも相手を求めてしまう。
恋が終わったのか、まだ続いているのか。
はっきり名前を付けられない感情を、「Pale Blue」という淡い色が
象徴していると読むこともできます。
「Pale Blue」の歌詞にある別れと未練
さよならから始まるラブソング
この曲の特徴は、恋の始まりではなく、別れを思わせる場面から
物語が始まるところです。
一般的なラブソングなら、出会いや恋する喜びから
描くこともできます。
しかし「Pale Blue」は違います。
もう終わらせようとする。
相手を大切に思っていたことも分かっている。
それでも思い通りの終わりにはならなかった。
この時点では、失恋や別離の歌に聞こえます。
ところが曲が進むにつれて、主人公の本当の気持ちが
単純ではないことが分かります。
別れたい気持ちと、離れたくない気持ち。
二の感情が同時に存在しているからなのです。
「終わりたい」と「終われない」の間
米津玄師は制作時、最初は別れの場面と恋が始まる場面を分けて、
歌詞を書こうとしていたそうです。
しかし言葉だけでは場面の区別が難しくなり、最終的には
パズルを組み替えるように、歌詞を構成したと語っています。
→『STRAY SHEEP』インタビューから創作を考察はこちら
その結果、過去なのか現在なのか。
終わりなのか始まりなのか。
境界があえて曖昧になりました。
この時間の混ざり方こそ、「Pale Blue」の切なさが
生まれていったように感じられます。
歌詞の比喩から見える二人の関係
服や映画に置き換えられた恋愛
「Pale Blue」には、恋愛感情を直接説明するのではなく、
映画や服に置き換える表現がいくつも登場します。
特に印象的なのが、二人の関係をサイズの合わない服のように
例えて描く部分です。
米津玄師はインタビューで、服装はその人の精神やアイデンティティが
表れる表層の部分だと考えていると、説明しています。
そう考えると、最初は特別だった関係が、次第に自分たちに
合わなくなっていく。
修復しようとしても、少しずつほころんでいく。
そんな関係性を服のイメージで表現していると読むことができます。
恋愛はきれいな感情だけではない
米津玄師は「Pale Blue」を作る際、恋愛には自分の勝手さや
独りよがりな部分もあると、考えていたことを語っています。
相手のためと言いながら、本当は自分がそばにいたい。
相手を思っているようで、自分が愛されたい。
恋愛には、そんな矛盾もあります。
だから「Pale Blue」は、きれいな愛情だけを歌った曲ではありません。
人を好きになることで生まれる身勝手さまで含めた、
ラブソングとして聴くことができるのではないでしょうか。
「Pale Blue」は失恋の歌?復縁の歌?
どちらか一方に決めなくていい
「Pale Blue」を検索すると、
「失恋ソング?」「復縁を願う歌?」「離婚した二人の曲?」
といった疑問も浮かんできます。
しかし本人の制作意図を考えると、どれか一つに固定しないことが
自然だということです。
米津玄師自身が、別れにも始まりにも聴こえる曲を目指したと、
説明しているからこそです。
ある人には、忘れられない相手との失恋の歌に聞こえる。
別の人には、一度壊れた関係から、もう一度恋を始める歌に聞こえる。
聞く人の感性で、どちらにも成立してしまう曲なのかもしれません。
恋をしたことで自分の欠けた部分を知る
米津玄師は当時のインタビューで、恋をすることについて、
自分に欠けているものを見つけるような感覚にも、触れています。
誰かを好きになることで、自分一人では気づかなかった
弱さや欲望が見えてくる。
だから恋愛は幸せなだけではなく、苦しさを伴うこともある。
「Pale Blue」の主人公も、相手を失いそうになったからこそ、
自分がどれほどその人を求めていたのかに、気づくのかもしれません。
人それぞれの解釈や読みとり方ができるのは、
「Pale Blue」の大きな魅力と言えそうです。
「Pale Blue」とMVの関係
MVでは米津玄師と菅原小春が共演
「Pale Blue」のMVは山田智和が監督を務め、
米津玄師と菅原小春が出演しています。
映像を見ると、歌詞だけを聴いていたときとは
また違った感情が広がります。
ただし、MVのすべてを歌詞の答えとして、見る必要はありません。
「この場面は離婚」「この人物は歌詞の主人公」と対で決める
必要もありません。
音楽に含まれる距離感や感情を身体の表現と映像で
広げたものとして見る方が、自然ではないでしょうか。
青という色は作品全体に広がっている
「Pale Blue」の世界観では、楽曲だけでなくビジュアルや
商品デザインにも、青が使われています。
公式特設サイトには、青いクリアケースを使った
パズル盤も登場しました。
さらに公式企画では、「Pale Blue」を探すARカメラも
公開されています。
タイトルの「色」が、歌詞だけでなく映像やアートまで
一つの世界として広がっているのです。
そこにも米津玄師らしい、総合的な表現が感じられます。
「Pale Blue」が今も心に残る理由
恋愛を美化しすぎていない
「Pale Blue」が印象に残る理由は、恋愛を単純に
美しいものとして描いていないことです。
好きなのに別れたい。
離れたいのに戻りたい。
相手を大切に思っているのに、自分の気持ちも捨てられない。
人間の恋愛には、こうした矛盾があります。
米津玄師はその矛盾を一つに整理するのではなく、
曖昧なまま曲の中に残しました。
だからこそ聴く人は、自分自身の恋愛や別れを重ねることで、
感情移入が出来るのかもしれません。
聴く人によって青の濃さが変わる
「Pale Blue」という色を、悲しみと感じる人もいれば、
新しい始まりと感じる人もいるでしょう。
失恋直後に聴けば、消えかけた恋の色に見える。
時間が経ってから聴けば、新しい空へ向かう色にも見える。
同じ曲でも、聴く側の状況によって意味が変化する。
はっきりとした青ではなく、淡い青だからこそ、
さまざまな感情を受け止められる。
そこに「Pale Blue」というタイトルの凄さがあるように感じます。
まとめ|Pale Blueは終わりと始まりが重なる歌
米津玄師の「Pale Blue」は、ドラマ『リコカツ』の
「離婚から始まる恋」という設定から生まれたラブソングです。
本人は、別れの歌にもこれから始まる恋の歌にも、
聴こえる作品を目指したと語っています。
歌詞には、別れ、未練、すれ違い、自分勝手な恋心など、
一つに整理できない感情が重なっています。
「Pale Blue」という淡い青も、消えかけた恋とも、
新しい始まりの色とも、受け取ることができます。
失恋か復縁かという一つの答えを求めるのではなく、
終わりと始まりが同時にある歌として聴くことで、
この曲の奥行きがより見えてくるのではないでしょうか。


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